昨日の夜はイギリスのチャールズ国王の戴冠式の中継を見ました。
戦争や災害で目を覆いたくなるような映像を目にすることが多い現在,戴冠式の中継はまるでおとぎ話を見ているようでした。チャールズ国王は70代で一般的には高齢者です。年齢を考えるとこれだけのセレモニーを完遂された体力・気力はすごい。短縮されたとはいえ長時間のセレモニー,世界中の人々からの注目にされされるプレッシャーやストレス,重い衣装や王冠からくる体への負担等々,シニア世代としての目で見てしまいます。
セレモニーのメインとなる王冠はなんと2キロもあるそうです。これを頭にかぶせると頸椎への負担はどうなのかとつい思ってしまします。砂糖の袋,2袋分の重さです。2キロを載せてそのあとの移動もありますから。なんていらぬ心配をする私ですが,王室の方々にはきっと当たり前のことでしょうね。
ところで,「戴冠式」といえば,モーツァルトのピアノ協奏曲26番にも「戴冠式」というニックネームがあり,コンサートでもよく演奏される人気曲です。私も生のコンサートで何度も聴きました。中でも忘れられないのが,故井上直幸さんのピアノです。
井上直幸さんはNHKの「ピアノのおけいこ」と言う番組でも講師を務め,愛嬌のあるやさしい風貌と穏やかな語り口,コンサートピアニストならではの演奏への的確なアドバイスなどで,いつも楽しみに見ていました。63歳という若さで亡くなられたと聞き、残念で仕方がありませんでした。
井上さんが地元のホールで「戴冠式」を弾かれたとき,最初の1音で今まで聴いたことのあるこのホールのピアノとは音色が全然違うことに驚きました。弾き手が違うと同じピアノでもこんなに音が違うのか,と言う事実に衝撃すら覚えるほどでした。
1音1音が真綿にくるまれたような優しさと柔らかさがあり,極上の音楽が天から降り注ぐようでした。このときのオケはN響だったと思いますが,オーケストラに優しく添うような井上さんのお人柄がにじみ出たような演奏でした。
亡くなられた63歳というのはピアニストにとってはまさに円熟の境地。これからもっともっと深く掘り下げられた音楽を探究し,人々に感動を与える年代です。井上さんの70代,80代の演奏を聴いてみたかったと思います。
井上さんの「ピアノのおけいこ」で言われたアドバイスで,私が今も忘れられないことばがあります。
「オクターブのユニゾンを弾くときは,小指の音を響かせる。客席に近い小指の音をホールの後ろで聴いているお客様に届けるつもりで。」
こんな意味のアドバイスです。何気なく弾くのではなく「こう響かせたい」「こんな音を届けたい」こんな思いをひとつの音にも込めることで,音楽になるのだと深く心に落ちたアドバイスです。